大判例

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大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1324号 判決

控訴人

木津信用組合

右代表者

花崎一郎

右訴訟代理人

曾我乙彦

右訴訟復代理人

影田清晴

被控訴人

大商水産株式会社

右代表者

宮垣彰美

右訴訟代理人

小長谷国男

右同

今井徹

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一原判決の引用

当裁判所も原判決と同様、控訴人の請求をいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は以下のとおり訂正、削除、附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

〈中略〉

第二事実の認定

〈証拠〉を総合すると、

(一)  昭和三九年初頃、宮垣彰美、近藤大三、小西邦雄はもとの中央市場、田中孝平は木津市場、小西徳夫はもとの天満市場でそれぞれ塩干仲買業を個人経営し、或いは同仲買業の番頭等として勤務していた。その頃、大阪市は大阪府中央卸売市場東部市場の開設にあたり流通機構の近代化、拡大化のため同市場の仲買業者はすべて法人組織とすることを要請し、法人でなければ入店を許可しないものとしていた。

(二)  同年七月二五日右五名は東部市場で塩干物卸売業を営むため各人がそれぞれ一〇〇万円を出資して、資本金五〇〇万円、塩干物卸売を目的とする被控訴人(株式会社)を設立し、代表取締役を宮垣彰美、取締役を他の四名として東部市場で塩干卸売業を開店した。

被控訴人の事業は当初名実ともに会社の業務として経理も一本化し共同経営方式で行なわれていたが、次第に赤字が累積し業績が悪化し始めた。

(三)  昭和四〇年七月頃、前示五名が相談の結果、大阪市や仕入先東部水産物卸協同組合等外部に対しては法人たる被控訴人の取引としての形式をとるものの、内部的には各人がそれぞれ別個に構えていた店舗ごとに各別に仕入れ、販売を行ない、その資金繰りや決済も各人の個人責任をもつて行なうことにした。その営業の方法は次のとおりである。(1)各人が東部市場における売買参加者(せり売り参加者)の承認を受け、それぞれの店舗に必要とする仕入を行ない、仕入代金は各人が被控訴人取締役各個人振出名義の小切手を代表取締役宮垣彰美のところへ持ち寄り、被控訴人代表取締役名義の大和銀行生野支店の当座預金口座に振込み、同支店を支払人とする被控訴人代表取締役宮垣振出名義の小切手で一括支払していく。(2)被控訴人の当座預金は右大和銀行生野支店の被控訴人代表取締役名義の口座を使用し、各取締役の営業上の必要に応じ、被控訴人取締役田中孝平など取締役の肩書を附した個人名の当座預金口座を開設し、各個人の判断で融資を受けて資金繰りをし、自己の店舗の使用人も各別に雇傭し、その給料その他の必要経費も各自が支払い、自己の収入は給与と称して独自の判断で金額を決定して自己の口座から各自引落す。(3)各種の納税は被控訴人名義で一括して行なうが、内部的には総額の四〇%を取締役五名が平分して負担し、その余を各仕入総額の割合によつて負担する。

(四)  その頃から東部市場の仲買業者の大半は相次いで右と同様の取引形態をとり、法人格を有するものの、その実態は内部的には個人企業の集合体の如き様相を呈するにいたつた。

(五)  昭和四四年一二月控訴人は新規に東部市場内に進出し支店を設けることを企画し、その準備を行ない盛んに取引先の開拓を行なつていた。東部市場付近の既設の金融機関として大和銀行生野南支店、三和銀行生野支店、大福信用金庫東部市場支店があり、東部市場の仲買業者約一〇〇社はすべてこれらの既設金融機関との間に銀行取引をしていた。そのため、控訴人は相当有利な条件を示して顧客を勧誘した。田中孝平は知合の控訴人の係員鍵弥実にすすめられ控訴人と取引を始めることとなつた。

(六)  昭和四五年二月一三日被控訴人は田中孝平の事業資金として三〇〇万円を借用するため、控訴人との間で信用組合取引約定書を作成して取引を開始した。そして、被控訴人は控訴人から金三〇〇万円を借入れ、田中孝平に手交したが、その際の取引約定書、契約書等は、「本人被控訴人代表取締役宮垣彰美、連帯保証人田中孝平」という形式で作成されている。

(七)  同年九月二六日田中孝平は控訴人との間で、被控訴人との右(六)の取引とは別個に信用組合取引を始めることとし、控訴人が田中孝平の従前の取引先大和銀行生野南支店に対する負債六〇〇万円を肩代りして支払い、これを田中個人に対する貸付として、本人田中孝平、連帯保証人田中富子とする取引約定書、本人被控訴人取締役田中孝平、連帯保証人田中孝平とする当座勘定取引約定書、及び、借越限額を金二〇〇万円とする当座借越約定書を各作成した。

(八)  昭和四七年六月二八日田中孝平個人の建物に控訴人を権利者とする代物弁済予約の仮登記、債務者を田中孝平、極度額を四〇〇万円とする根抵当権設定登記がなされている。

(九)  昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日まで被控訴人の確定決算報告書添付の貸借対照表、預貯金の内訳書などには、田中孝平の賃金債務を被控訴人の債務として計上している。

(一〇)  昭和四九年二月五日控訴人は田中孝平に対する貸付限度額を三、〇〇〇万円に増額したが、これを被控訴人代表者に通知していない。

(一一)  同年六月被控訴人の事業報告書が作成され、田中孝平の累積赤字が計上されている。

(一二)  同年七月田中孝平はその所有する被控訴人の株式を他の取締役三名に譲渡した上取締役を辞任し被控訴人を退社した。

(一三)  同月一八日控訴人は被控訴人に対し取締役田中孝平名義の貸越残金債権二、五四三万八、九六二円の支払を催告し、同月二三日前示(七)の各契約を解除した。

(一四)  同年八月二一日被控訴人は前示(六)の金三〇〇万円の分割弁済金全部を控訴人に完済した。

(一五)  本件のように被控訴人取締役田中孝平など会社取締役の肩書を附した個人名義の取引は昭和四〇年七月頃(前示(三)、(四)参照)以来東部市場内で個人の取引としてなされる慣行が生じており、東部市場において前示(四)の形態をとる仲買業者と取引する前示(五)の金融機関でも、右取引を個人的取引とする感覚で処理されている。

以上の各事実を認定することができ〈る。〉

第三田中孝平の代理、表見代理等の検討

一田中孝平が前示(七)の当座勘定取引及び当座勘定借越約定の締結をなし、これに基づく手形貸付、手形割引、証書貸付等を受けるにつき被控訴人の代理権を有するとの控訴人主張の事実については、前示第二の各事実、とくに同(三)の事実に照らし被控訴人の代表権ないし代理権は代表取締役宮垣彰美に専属し、田中孝平その他の取締役はそれぞれの店舗で各個人責任で営業をなすこととされているにすぎず、これをもつては右代理権を認めるに足りないし、〈証拠判断略〉。

二控訴人は、被控訴人が控訴人に対し控訴人との間の前示各取引につき田中孝平に被控訴人を代理する権限を与える旨を表示したと主張するけれども、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

三控訴人は被控訴人が貸借対照表に本件貸越残代金を被控訴人の負債として計上し、これを添付して監督官庁に事業報告書を提出し、税務署にも法人税申告の決算書類として提出していることをもつて、被控訴人が田中孝平の本件借越契約の無権代理行為を追認したものであると主張するが、追認は相手方である控訴人又は無権代理人である田中孝平に対しなすべきものであつて、前示貸借対照表等への計上をもつて直ちに無権代理の追認があつたものということはできない。また控訴人主張の大和銀行生野南支店の被控訴人名義の当座勘定口座に被控訴人取締役田中孝平振出名義の小切手が入金されていることをもつて、右田中孝平名義の小切手振出等の銀行取引が会社のためにする無権代理行為としてこれを被控訴人代表取締役宮垣彰美が追認したものということはできず、かえつて、前認定第二(三)の事実によると被控訴人の意向としてはこれを田中孝平等各取締役個人の銀行取引によるものとして取扱つていたことが認められる。したがつて、控訴人の無権代理行為追認の主張も採用することができない。

第四名板貸、番頭の代理権の検討

一控訴人は田中孝平の本件借越取引につき商法二三条の名板貸責任ないし表示による禁反言を主張し、前認定第二の各事実とくに同(三)の事実に照らすと、被控訴人は各取締役の個人責任で行なう銀行取引につき「被控訴人取締役」なる肩書の使用を許しており、これは被控訴人が自己の商号を使用して営業をなすことを各取締役個人に許諾したものということができる。しかしながら前認定第二の各事実、とくに(六)、(七)、(八)、(一〇)、(一五)の各事実に照らすと、控訴人が被控訴人を商法二三条所定の「営業主ナリト誤認」して本件貸付等の取引をしたとの事実を認めることができないことが明らかであつて、前示措信できない証拠のほかこれを認めるに足る的確な証拠がない。

したがつて、名板貸ないし表示による禁反言による控訴人の主張は採用できない。

二控訴人は被控訴人の各取締役が行なう各店舗における営業につき、各取締役が被控訴人の番頭として各担当部門毎に一切の裁判外の行為をなす権限を有すると主張し、被控訴人はこれを各取締役個人の取引であり、被控訴人が法人たる実質を有せず、個人企業の集合体にすぎない旨抗争するところ、前認定第二の各事実、とくに同(一)、(二)、(三)、(九)、(一一)などに照らすと、被控訴人は大阪市の流通機構の近代化の一環として業態を法人組織にするように要請され、これに応じ法人組織とし、大阪市や中央卸売市場に対する仕入その他については法人としての取扱を求めているのであつて、その実質が前認定第二(三)のように昭和四〇年七月以降は個人企業の集合体にすぎないものに形骸化しているとしても、法人格否認の法理は法人との取引の相手方などが法人格を剥奪してその実質を暴くことを認める制度であつて、自ら法人格を取得しこれを利用する法人側から法人格の否認を許すものではなく、法人側からの法人格の否認は、特段の事情のない限り信義則上許されない。

したがつて、前示昭和四〇年七月以降における被控訴人の各取締役によつて行なわれた取引は一応法人たる被控訴人の営業であるといわねばならないし、前認定第二の各事実に照らすと、各取締役は、被控訴人から各店舗ごとにその塩干物卸売業をなすことの委任を受けた商法四三条所定の番頭に当るものといわねばならない。

そして、前認定第二(三)の事実に照らすと、各取締役が行なう銀行取引等を含めるすべての取引により生ずる負債は、各取締役個人が責任をもつて決済するものとしていたことが認められるのであつて、これは番頭の代理権に加えたる制限に当たるものであるが、田中孝平にかかる制限が付されていることにつき控訴人が善意であつたとの事実については、前示措信しない証拠のほかこれを認めるに足る的確な証拠がない。かえつて、前認定第二の各事実、とくに(六)、(七)、(八)、(一〇)、(一五)の各事実を考え併せると、控訴人が右制限を知つていたものと推認できる。

第五不法行為、使用者責任の検討

一控訴人は、被控訴人が田中孝平に被控訴人取締役なる名称で本件当座取引をさせ、控訴人をして被控訴人が取引の相手方であると誤信させた過失により貸越残金同額の損害を蒙らせたと主張して民法七〇九条、七一五条による損害賠償を請求するが、右誤信が認められないことは前示第四の一、二のとおりである。

二民法七一五条の「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務執行行為そのものに属しないが、その行為の外形から観察して、恰も被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合をも包含するものと解すべきであるから、田中孝平の本件当座取引は一応被控訴人の事業の執行につきなしたものといえる。しかし、その行為の相手方たる第三者において当該行為が被用者の権限外の行為であることを知つている場合には、使用者は右の責任を負わないものである(最判昭四二・四・二〇民集二一巻三号六九七頁、最判昭四四・一一・二一民集二三巻一一号二〇九七頁など参照)。控訴人が田中孝平の本件当座取引につき被控訴人から授権を受けない権限外の行為であることを知つていたことは、前認定第二の各事実、とくに(六)、(七)、(八)、(一〇)、(一五)の各事実を考え併せてこれを推認することができ〈る。〉

三したがつて、控訴人主張の不法行為、使用者責任に基づく損害賠償請求も理由がない。

第五結論

以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(下出義明 村上博巳 吉川義春)

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